一級建築士事務所 富谷洋介建築設計 一級建築士事務所 富谷洋介建築設計

最新情報News

2026.8.20 住まいを考えるブログ

住まいを考える|41|この人と、この土地だから生まれる、他にはない答え。


要望を、そのまま形にすることが設計ではありません





家づくりの最初には、たくさんのご要望を伺います。
どのくらいの広さがほしいのか。
どんな部屋が必要なのか。
キッチンはどうしたいのか。
収納はどのくらい必要なのか。
もちろん、どれも大切なことです。
けれど私たちは、いただいた要望をそのまま図面に置き換えることが、設計だとは考えていません。

例えば、
「広いキッチンがほしい」
というご要望があったとします。
私たちが知りたいのは、その広さだけではありません。
家族みんなで料理をしたいから広さが必要なのか。
料理そのものが趣味なのか。
友人を招いて一緒に食事をすることが多いのか。
同じ「広いキッチンがほしい」でも、その理由によって答えは変わります。

「2メートルのダイニングテーブルを置きたい」というご要望も同じです。
なぜ、その大きさが必要なのか。
話を聞いてみると、「普段は家族4人だけれど、時々両親が来て、みんなで食卓を囲みたい」ということかもしれません。
それなら、本当に大切なのは2メートルという寸法ではなく、家族が集まって、同じ時間を過ごせることです。
私たちが知りたいのは、その奥にある求める暮らしです。





要望は、「答え」ではなく「手がかり」





家づくりを考え始めたとき、ご家族の頭の中には、たくさんの希望があります。
広さ。
収納。
家事のしやすさ。
家族との距離感。
一人で過ごす場所。
趣味。
素材。
景色。
そして予算。
どれも大切ですが、最初はまだ、それぞれがばらばらの情報です。

そこから、
何を一番大切にしたいのか。
どこに予算を使えば、その暮らしがより豊かになるのか。
別々に見えている要望を、一つの空間で解決できないか。
違う方法でも、同じ目的を実現できないか。
一度要望をほどき、組み替えながら考えていきます。
設計は、要望を並べる作業ではなく、その人にとっての価値の順序を見つけていく作業でもあります。





提案することで、初めて分かることもあります





だから、最初にいただいた要望と、私たちからお返しする最初の提案が、まったく同じ形になることはむしろ少ないかもしれません。
「こういう考え方はいかがでしょう」
と、私たちなりのその時点での最良の答えを一度お返しします。
すると、
「これはいいですね」
ということもあれば、
「ここは少し違う気がする」
ということもあります。
その反応も、設計にとって大切な情報です。
図面や模型、CGなどを実際に見て初めて、
「自分たちは、これを大切にしていたんだ」
と気づくこともあります。
提案する。
それを見て、感じたことを話していただく。
もう一度考える。
そして、また提案する。
そのやり取りを重ねることで、最初はばらばらだった情報が少しずつ整理され、そのご家族が本当に大切にしているものが見えてきます。
要望を一度ほどき、その奥にある暮らしを見つけ、別の形に組み直してお返しする。
そこに、私たちに設計をご依頼いただく意味があると考えています。





でも、人のことだけを考えても、家は決まりません





もう一つ、住まいを設計するときに大切なものがあります。
土地です。
例えば、同じご家族から、
「明るいリビングがほしい」
「外を感じながら暮らしたい」
「人目を気にせず過ごしたい」
という要望をいただいたとしても、土地が違えば、建つ家も変わります。
南側に森がある土地。
北側に美しい景色がある土地。
隣家が近くに迫っている土地。
遠くまで視線が抜ける土地。
平らな土地。
傾斜した土地。
土地が変われば、同じ暮らしを実現するための答えも変わります。
私たちは敷地に立ち、方位や太陽の動き、隣家の高さや窓、影、道路、視線、風景、高低差、植生、雪、アプローチなど、一つひとつの条件を読み取っていきます。
「敷地を読む」というと、少し感覚的な行為に聞こえるかもしれません。
けれど実際には、その建築に影響する条件を一つずつ整理し、暮らしと結びつけていく作業です。





土地の条件は、制約だけではありません





傾斜している。
北側にしか景色がない。
変形している。
隣家が近い。
一般的には、不利な土地の条件と考えられるかもしれません。
もちろん、実際に難しいこともあります。
ただ、それを単純に消してしまうことだけが設計ではありません。
傾斜があるから、床の高さを変えてみる。
北側に美しい森があるから、そちらへ大きく開いてみる。
視線が気になる方向を閉じたら、別の方向に空が見えてくる。
一見すると制約に見える条件も、見方を変えれば、その土地にしかない特徴です。
土地から与えられた条件に一つずつ答えていくことが、その建築にしかない魅力につながることがあります。





人と土地を、重ねて考える





この家族は、みんなで料理をする時間を大切にしている。
この土地では、この方向に森が見える。
この家族は、一人で本を読む時間もほしい。
この高さまで床を上げると、隣家の屋根越しに景色が見える。
この家族は、外で過ごすことが好きだ。
でも、道路からの視線は避けたい。
そうやって、「人」と「土地」の条件を何度も行き来しながら考えていきます。
すると、最初には誰も想像していなかった答えが見つかることがあります。
私たちは、奇抜な家をつくりたいわけではありません。
誰も見たことのない形をつくることが目的でもありません。
人が違う。
暮らしが違う。
大切にしている時間が違う。
そして、土地も違います。
光も、景色も、高低差も、周囲との関係も違う。
それらに一つずつ丁寧に向き合っていけば、結果として、同じ家にはならないはずです。










実例から見る「この人と、この土地だから生まれた答え」





森へひらく家――「難しい土地」を、森と暮らす場所へ





移住を考えていたお施主様から、土地探しの段階からご相談をいただきました。
一緒に土地を探す中で候補に挙がったのが、公園の森を大きく背負った土地でした。
ただ、その森は北側にあります。
さらに敷地には傾斜があり、一般的には建てやすいとは言いにくい土地でした。
けれど、お施主様が望んでいたのは、森とともに暮らすことでした。
そう考えれば、北側に広がる森は、この土地にしかない大きな魅力です。
そこで、リビングを森へ大きく開きました。
問題は、自然光です。
森を見るために北へ大きく開くだけでは、南からの直射光を十分に取り込めません。
そこで階段室を吹き抜けとし、高い位置に設けた窓から南や東の光を取り込みました。
森を見る方向と、光を取り込む方向を、同じにする必要はない。
そう考えることで、北側の森を暮らしの中心に置きながら、明るい住空間をつくることができました。

もう一つの課題が、土地の傾斜です。
道路は敷地の低い側にあります。
敷地の高い側に合わせて1階を水平につくれば、道路から玄関まで長い外階段が必要になります。
雪や凍結のある北海道では、できるだけ避けたいところです。
そこで土地を建物に合わせるのではなく、建物の床を土地に寄り添わせることにしました。
玄関土間からホール、リビング、ダイニング・キッチンへ。
床を数段ずつ緩やかに変化させ、地面の傾斜を追いかけるように住まいをつくりました。
その段差にも、腰掛けたり、物を置いたりできる、暮らしの中で意味のある高さを与えています。
北側の森。
傾斜した土地。
一見すると不利に見える二つの条件が、「森と暮らしたい」というお施主様の思いと重なることで、この住まいの中心的な魅力になりました。
もし平らな土地だったら。
もし森が違う方向にあったら。
そして、このご家族が森との暮らしを望んでいなかったら。
この家にはなっていません。









北窓の家――「南向き」という一般解より、この土地を見る





建て替えのご相談から始まった住まいです。
初めて敷地を訪れたとき、道路側から見れば、ごく一般的な住宅地に見えました。
ところが既存の家の裏側へ回ると、印象が大きく変わります。
敷地は谷へ向かって下がり、その先には森が広がっていました。
夏には木々の葉が茂り、その向こうには札幌の街並みが続いていく。
道路から見ただけでは分からない、この土地だけの風景がありました。
既存の住宅は道路との関係を中心につくられており、その森へ大きく開く窓はありませんでした。
でも、この場所にもう一度家を建てるのであれば、この風景を暮らしの中へ取り込まない理由はない。
そう考えました。
ただし、森があるのは真北です。
住宅では一般的に、南側に大きな窓を設け、そこから日射を取り込むことが良いと考えられます。
もちろん、南から入る光には大きな意味があります。
けれど、「南向きだから」という理由だけで窓の方向を決めてしまえば、この土地にしかない森と街の風景を背にして暮らすことになります。
そこで、LDKをはじめとした家族が過ごす場所を、北側の森へ大きく開きました。
北側からは、直射日光とは異なる、穏やかな天空光が入ります。
吹き抜けを介して1階と2階をつなぎ、その光を家の中へ回していく。
一方で、廊下の突き当たりや壁の開口などから、南の光も取り込みました。
北か南か、どちらか一方を選ぶのではありません。
方位だけを見るのではなく、その先に何があるのかを見る。
その土地で得られる風景と、それぞれの方角から入る光を別々に読み、組み合わせていく。
高断熱の窓と組み合わせることで北海道の冬にも対応しながら、夏には強い日射を受けにくい北側の窓から、森の緑と穏やかな光を楽しむことができます。
「住宅の窓は南向き」という一般的な答えをそのまま当てはめるのではなく、実際に土地を歩き、その場所にしかない価値を見つける。
そこから、「北窓の家」という答えが生まれました。









空際の家――「この風景が好き」から、住まいを考える





南幌町で農業を営むご家族から、新しい住まいのご相談をいただきました。
敷地は、ご自身の農地に囲まれた場所。
道路から農地の中へ半島のように突き出し、その先には平らな農地がどこまでも続いていました。
初めて敷地を訪れたのは、夕暮れの時間でした。
そのとき、ご主人から聞いた言葉があります。
「この農地の風景が好きなんです。」
目の前には、南幌の広い空がありました。
平らな農地の向こうへ太陽が沈み、空全体が赤く染まっていく。
その風景を見ながら話を聞いていると、この家で大切にすべきものが見えてきました。
農地は、仕事をするためだけの場所ではありません。
毎日働き、季節の変化を見つめながら暮らしてきたご家族にとって、この風景そのものが暮らしの一部なのだと思いました。
そこでLDKを農地へ向けて横長に配置し、大きな窓を設けました。
春に芽吹き、夏に育ち、秋に実り、冬には雪に覆われる農地。
その向こうに、長い水平線が続きます。
「この風景が好き」という一言を、住まいの中心に置く。
そこから、この家の設計が始まりました。
一方、この土地はハザードマップ上で浸水への配慮も必要だったため、1階の床を地面から少し高く設定しています。
ただ床を高くするだけでは、その高さは制約への対応で終わります。
そこで、農作業から長靴のまま入れる大きな土間を設け、そこからリビング、ダイニング・キッチンへと床の高さを少しずつ変えていきました。
浸水への備えから必要になった高さを、暮らしの中の小さな地形へ変えていったのです。
その段差は腰掛ける場所にもなり、ホームシアターを楽しむときには、映画館の客席のようにも使われています。
外観にも、この土地から感じたものを取り入れました。
どこまでも続く農地の水平線。
そして春になると、地面から力強く立ち上がる農作物。
その水平と垂直の関係を、外壁のラインにも重ねています。
この家の形や窓、床の高さを、最初からお施主様が要望されていたわけではありません。

最初にあったのは、
「この風景が好きなんです。」
という、とても素朴な言葉でした。
その言葉の奥にあるものを考え、実際にその土地に立ち、風景や農業という暮らし、そして土地が持つ条件を重ねていく。
そこから、この場所でしか成立しない住まいが生まれました。














この人と、この土地だから生まれる答え





三つの住まいは、どれも違います。
森へひらく家では、北側の森と傾斜した土地を、「森と暮らしたい」という思いへ結びつけました。
北窓の家では、一般的な方位の考え方よりも、その土地にしかない森と街並みを見つめました。
空際の家では、「この風景が好き」という一言から、農地とともに暮らす住まいを考えました。
どの家にも、その人と、その土地にしかない条件があります。
だから私たちが探しているのは、どの家にも当てはまる正解ではありません。
住まい手の話を聞き、その言葉の奥にある暮らしを考える。
同時に、光や風景、高低差、周囲の建物まで、その土地が持っている条件を読み解く。
そして、人と土地を結び直していく。
奇抜なものをつくろうとしなくても、その二つに丁寧に向き合えば、答えは自然とその家だけのものになっていきます。
この人と、この土地だから生まれる、他にはない答え。
私たちが設計で探しているのは、そういう住まいです。










住まいを考える





「住まいを考える」は、住まいづくりにまつわる考え方や設計の工夫を、一つひとつテーマごとにまとめたシリーズです。
▶ 「住まいを考える」一覧はこちら










English Summary





A Unique Answer, Born from Each Person and Each Place





Architecture is not simply about turning a list of requests into a building. We listen carefully to understand the life behind those requests, while also reading the unique conditions of the site—light, views, topography, surroundings and climate.
By bringing together the people who will live there and the place where they will live, an answer emerges that belongs to that particular combination. We do not seek difference for its own sake. We seek a home that could only have grown from that particular life and that particular place.
Last Updated|2026.08.17


記事一覧へ