住まいを考える|21|竣工写真は、エンドロールではない。
家が完成する日は、設計者にとって特別な日です
一つの住宅が完成するまでには、長い時間がかかります。
初めてお会いするところから始まり、土地探しを一緒にすることもあります。
その土地にどんな家を建てられるのか。
どんな暮らしをしたいのか。
予算の中で、何を大切にするのか。
何度も話し、図面を描き、考え直しながら、少しずつ住まいの形をつくっていきます。
設計がまとまれば見積もりを行い、施工する工務店を決め、工事が始まります。
工事中も現場へ通い、設計したものがきちんと形になっているかを確認しながら、より良い住まいになるよう最後まで考え続けます。
そして、ようやく完成する。
お施主様にとっても、設計者にとっても、とても嬉しい瞬間です。
私たち設計事務所にとっては、仕事の大部分がここで一区切りを迎えます。
もちろん、その後もメンテナンスのご相談をいただいたり、長いお付き合いは続いていきます。
一生に一度かもしれない住まいを任せていただいたご縁です。
それでも、設計という業務だけを見れば、竣工は大きな節目です。
そして、その建物が完成したときの姿を、竣工写真として残します。

竣工写真に残る、家の最初の姿
竣工写真を撮影する日は、建築がとても美しい日です。
まだ傷のない床。
新しい壁。
何も置かれていない空間。
窓から入る光。
写真家は光を待ち、建築が持っている空間や素材、設計の意図を、一枚の写真の中に残してくれます。
それは設計者にとって大切な記録です。
お施主様にとっても、ご自身の家が完成した日の姿を残す一枚になります。
長い設計と工事を終え、その最後に竣工写真を撮る。
仕事の流れだけを見れば、映画の最後に流れるエンドロールのようにも見えます。
でも私は、ときどきその感覚を戒めなければいけないと思っています。
設計者にとっての一区切りと、その家にとっての一区切りは、まったく違うからです。
その家の時間は、そこから始まります
竣工写真を撮った建物は、そのあとお施主様へ引き渡されます。
そして、生活が始まります。
家具が入り、食器が入り、洋服が入り、本が並ぶ。
子どもがおもちゃを床いっぱいに広げる日もあるでしょう。
散らかして、怒られる日もあるかもしれません。
友達を呼んで、たこ焼きパーティーをする。
一人で静かに本を読む。
試験の前には、夜遅くまで受験勉強をする。
夫婦でお酒を飲む夜もある。
家族みんなで笑う日もあれば、喧嘩する日もある。
誰かが具合を悪くして、一日中寝ている日もあるでしょう。
嬉しいことがあった日も、悲しいことがあった日も、最後には家へ帰ってくる。
そんな、ごく普通の毎日が始まります。
住宅は、幸せな時間だけを入れておく場所ではありません。
人が生きていく時間そのものを、受け止める場所です。
建築をつくる時間より、暮らす時間の方がずっと長い
一つの住宅を設計し、工事をして完成するまで、おおよそ一年ほどの時間がかかります。
その一年間、私たちはたくさんのことを考えます。
数㎜の寸法について悩むこともあります。
窓をもう少し上げるか、下げるか。
光がどう入るのか。
どこに収納があれば使いやすいのか。
この材料で本当に良いのか。
そんなことを繰り返し考えて、一つの建築をつくります。
けれど、その家が使われる時間は30年、40年、50年。
もしかすると、住む人の代が変わり、それ以上使われるかもしれません。
そう考えると、設計者が建築に関わっている時間は、その家が生きる長い時間のほんの最初だけです。
だからこそ、その一年の中で、完成した瞬間だけを見て設計してはいけないと思っています。
その先にある、何十年もの時間を考える。
今は小さな子どもが、大人になったとき。
家族の人数が変わったとき。
暮らし方や趣味が変わったとき。
少し年をとったとき。
そんな時間まで想像しながら、住まいを考える必要があります。
家は、家族のベース基地になる
家の中だけで、人生を過ごすわけではありません。
朝になれば、学校へ行く。
仕事へ行く。
友達と遊びに行く。
旅行へ行く。
好きなことをするために外へ出ていく。
そして、また帰ってくる。
疲れて帰ってきたときに、ほっとできる。
明日また外へ出ていくために、食べて、休んで、眠る。
家は、家族を閉じ込める場所ではなく、それぞれの人生を楽しむためのベース基地でもあると思っています。
だから住宅を設計するときに考えたいのは、家の中だけで完結する「美しい建築」ではありません。
そこで暮らすことで、外の世界も含めた毎日が少し豊かになること。
そのための場所をつくることです。
設計者として、忘れないようにしたいこと
建築家は、形をつくる仕事だと思われることがあります。
もちろん、それも仕事の一部です。
美しい空間をつくりたい。
光をきれいに入れたい。
細かな部分まで考え抜いた建築にしたい。
完成した建物を見て、「いい建築になった」と思いたい。
その気持ちは、設計者として大切にしています。
けれど、それが目的になってはいけない。
写真の中で美しいことと、人がそこで心地よく暮らせることは、必ずしも同じではありません。
設計者がこう見せたいという思いより、そこで暮らす人がどう生きたいのか。
そこを取り違えないこと。
これは、住宅を設計する限り、私自身が忘れてはいけないことだと思っています。
私たちが設計に関われるのは、その家が過ごす長い時間の、ほんの入口です。
その先に続く何十年もの暮らしを少しでも豊かなものにするために、そのスタートラインを整える。
住宅を設計するという仕事は、そういう仕事でもあるのだと思います。

どうか、思い切り暮らしてください
そしてこれは、家を建てたお施主様にもお伝えしたいことです。
完成したばかりの家は、すべてが新しくて、傷をつけるのが少し怖いものです。
せっかくつくった家だから、きれいに使わなければ。
物を置いたら格好悪くなるのではないか。
そんなふうに感じることもあるかもしれません。
でも、住宅は美術品や展示物ではありません。
好きな家具を置いてください。
植物を育ててください。
子どもたちは遊んでください。
友達を呼んでください。
暮らし方が変わったら、家具の位置だって変えていい。
設計者がつくった竣工時の姿を、そのまま守り続ける必要はありません。
家は、そこで暮らす人のものです。
人が暮らし始めて、少しずつその家族らしい場所になっていく。
それでいいのだと思います。
竣工写真の、そのあと
竣工写真を撮る日。
建物の中には、まだほとんど何もありません。
光が入り、床も壁も新しく、設計した空間が一番よく見える日なのかもしれません。
私はその姿を写真として残すことを、とても大切にしています。
でも、その翌日から、そこには生活が入ってきます。
食卓に料理が並ぶ。
床におもちゃが広がる。
窓辺には、いつの間にか植物が増えている。
子どもは大きくなり、家族も年を重ねていきます。
何十年か先には、竣工写真とはずいぶん違う景色になっているでしょう。
それでいい。
むしろ、そうであってほしいと思います。
設計者の手を離れた建築が、少しずつ、すっかりその家族の家になっていく。
私は、その先に流れる長い時間を想像しながら、図面を描いていたいと思っています。
住まいを考える
家づくりには、正解が一つではないからこそ、多くの考え方に触れることが大切だと考えています。
「住まいを考える」は、土地や間取り、光や素材、富谷洋介建築設計の視点を通して、住まいづくりを少し深く、少し楽しく考えるためのシリーズです。一つの記事が答えではなく、ご自身やご家族らしい住まいを見つけるきっかけになれば嬉しく思います。
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English Summary
The Completion Photograph Is Not the End Credits
For an architect, the completion of a house marks an important milestone after months of design and construction. But for the people who live there, it is only the beginning. Meals, celebrations, studying, illness, laughter, arguments, children growing up and countless ordinary days will gradually fill the spaces we designed. A house may take about a year to create, but it can support a family for fifty years or more. Our role is not simply to create a beautiful finished object, but to prepare a place where all of that life can unfold.
Last Updated:2026.08.10